モデル契約とは
IPAと経済産業省は、アジャイル開発を「外部の事業者に委託するときの契約の在り方の1つの具体案」として、アジャイル開発外部委託モデル契約を公表しています(2020年3月公開、2025年4月にR1版)[G3]。
このモデル契約は、アジャイル開発のうち最も普及していると思われるスクラムを前提にしています [G3]。
なぜ「準委任契約」なのか
このモデル契約は、準委任契約を前提にしています。理由は次のとおりです [G3]。
- アジャイル開発では、機能の追加・変更や優先順位の変更が、開発の途中で起きる。そのため、「あらかじめ決めた成果物を予定どおりに完成させること」に対価を払う請負契約より、「専門家としての注意を払いながら業務を遂行すること」自体に対価を払う準委任契約のほうがなじみやすい
- 請負契約では、対価が事前の見積もりで固定されるのが一般的。すると、ベンダーには工数を増やさないよう、追加・変更を抑えようとする動機が生まれうる。アジャイルの強みである「タイムリーな追加・変更が」損なわれる
モデル契約は、決まっていない機能を含むのに一括で請負契約を結んでしまうリスクとして、次の2つを挙げています [G3]。
- 対価と実際の工数が大きくかけ離れるリスク
- ユーザー企業とベンダー企業の利害が対立するリスク(アジャイルを選んだ目的が達成できなくなる)
請負契約を使う場合の注意として、プロダクト全体を対象にせず、仕様が比較的明確で開発が確定している部分だけを対象にし、仕様が固まった時点でその部分の個別の請負契約を繰り返し結ぶ方法が望ましい、とされています [G3]。
準委任契約では、何が約束されるのか
モデル契約は、準委任契約の特徴をはっきり説明しています [G3]。
- ベンダーは、プロダクトの完成義務を負わない。契約でもそのことを確認する
- ベンダーは、専門家としての「善良な管理者の注意」(善管注意義務)をもって、自分の担当業務を行う義務を負う
- 準委任契約の結果として、プロダクトに不具合があったり、セキュリティなどの非機能要件に不備があったりしても、ユーザー企業はベンダーに、成果物に関する「契約不適合責任」を追及することはできない。ただし、その問題がベンダーの善管注意義務違反による場合は、損害賠償を請求できる
IPAは2022年3月の資料で、モデル契約が採用する準委任契約は、成果物の完成が保証されないことが発注側にとってリスクになりうると認めています。そして、一部の完成を保証する契約例についても、検討と意見の募集を行いました [G4]。
注記:この記事で参照した、完成保証付きの契約例の検討は、
2022年3月時点の資料の冒頭部分のみです。
その後の検討状況や具体的な契約例の内容は、確認していません [G4]。
役割分担:プロダクトオーナーは「ユーザー企業」
モデル契約は、次のような体制を想定しています [G3]。
| 項目 | 想定 |
| 契約 | 単一の準委任契約 |
| 開発手法 | スクラム |
| 体制 | 単一のスクラムチーム。 プロダクトオーナーはユーザー企業が、スクラムマスターはベンダー企業が、それぞれ選任する |
| 開発チーム | ベンダー企業のみ、またはベンダー企業とユーザー企業の混成 |
| 規模 | 1つのスクラムチームで開発できる、比較的小規模なもの |
ユーザー企業は、プロダクトオーナーに次の役割を担わせます。
- プロダクトのビジョンを示すこと
- プロダクトバックログの作成と優先順位の変更
- 必要な会議への出席
- ステークホルダーのフィードバックの提供
- 要求事項の完了確認
- 必要な情報提供と意思決定を適時に行うこと
- ステークホルダーとの調整
プロダクトオーナーの行為(行わなかったことも含む)の責任は、すべてユーザー企業が負います [G3]。
ユーザー企業側にアジャイルに慣れた人がいない場合は、ベンダーに「プロダクトオーナーの補佐」を出してもらうことも考えられます。
ただし、プロダクトオーナーの職務自体をベンダー側に委ねるべきではない、とされています [G3]。
ベンダー企業の役割
- 専門的な知識とノウハウにもとづいて、バックログの内容・優先順位への助言、スケジュールの見通し、技術的なリスクの説明を行い、プロダクトの価値を高めるよう努める [G3]
- スクラムマスターを選任する。スクラムマスターは、障害になる事象を積極的に把握し、取り除くよう努める。スクラムマスターは、プロジェクトマネージャーではなく、プロジェクトの進行の責任を負うわけではない。アジャイル開発のプロジェクトマネジメントは、スクラムチーム全体で行われる [G3]
「ベンダーが開発スケジュールの見通しを示す」ことは、ベンダーがプロジェクトマネジメントの責任を負う、という意味ではありません。モデル契約は、遅延の原因がもっぱらベンダーが専門家として適切に仕事をしなかったことによる場合は、善管注意義務違反として損害賠償の義務を負うおそれがある一方、遅延の原因がユーザー企業の意思決定の遅れやバックログ管理の失敗にある場合は、ベンダーは責任を負わないと説明しています [G3]。
変更と、問題解消の仕組み
モデル契約には、変更や問題が起きたときの手続が定められています [G3]。
- 大枠を変えない程度の変更:バックログの追加・変更という、アジャイルのプロセスの中で行う
- 開発対象の大枠の変更:契約内容の変更として、「変更管理」の手続の対象になる。スクラムチーム以外の責任者も含めて協議し、書面の変更合意書を結ぶ
- 問題解消協議:相手方の担当者が役割を果たさない、体制が足りないなど、スクラムチームの中では解決できない問題が起きたとき、スクラムチーム以外の責任者も含めた協議を求められる(エスカレーション)
- 協議がまとまらないまま一定の日数が経過した場合は、いずれの当事者も、契約を将来に向かって解除できる。その場合、ユーザー企業は解除までに実施された業務に対応する委託料を支払う
お金と月次の確認
モデル契約のサンプルでは、委託料は、ベンダー側の人員単価と稼働時間によって算定されます。
ベンダーは毎月、実施した業務の概要や稼働時間数などをユーザー企業に報告します。
ユーザー企業はそれを決められた期間内に確認し、異議がなければ確認の通知をします。期間内に、書面で具体的な理由を示した異議がない場合は、確認したものとみなされます [G3]。
モデル契約は、改正民法(令和2年4月施行)で定められた「成果報酬型」の準委任も、ベンダーのやる気を高める1つの方法として紹介しています。
例えば、運用による売上、獲得したユーザー数、削減できた経費などの指標を設定し、クリアした場合に、通常の報酬に加えて特別なボーナスを成果報酬として支払うといった定め方です [G3]。
注意:「指揮命令」にならないように
モデル契約は、発注側がベンダーの作業員に直接業務の進め方や労働時間などを指示すると「偽装請負」(実質的に労働者派遣にあたるのに、請負などの形をとっていること)と評価されるおそれがあると注意しています。
契約が準委任であってもこの問題がなくなるわけではない、とも書かれています [G3]。
この点について、厚生労働省は2021年9月に疑義応答集(第3集)で、発注側と受注側が相互に密に連携し、情報共有や技術的な助言・提案を行っていても、実態として対等な関係の下で協働し、受注側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合は、偽装請負と判断されるものではないという考え方を示しました。
一方、発注側の担当者が受注側の担当者に直接業務の遂行方法や労働時間を指示するなど、指揮命令があると認められる場合は偽装請負と判断される、としています [G3]。
そのため、役割や権限、チーム内の進め方をあらかじめ明確にして合意し、関係者にアジャイルについての事前研修を行うことなどが重要だとされています [G3]。
注記:偽装請負にあたるかどうかの判断は、所管の官庁や裁判所が行うことです。
この記事はモデル契約の説明の要約であり、個別の案件の判断を示すものではありません。
具体的な進め方は、法務の専門家にご相談ください。
その他の条項:OSSなど
モデル契約には、このシリーズの別の記事とつながる条項もあります。
例えば、OSS(FOSS)を使う場合、ベンダーは利用許諾の条件、機能、品質レベルなどの情報を提供して提案し、ユーザー企業が自らの責任で採否を決定します。
ベンダーは、OSSに権利侵害や不具合がないことを保証せず、知っていたのに告げなかった場合や重大な過失で告げなかった場合を除き、責任を負いません [G3](詳細は、「OSSライセンス」の記事をご覧ください)。
また、損害賠償の累計総額は、原則としてユーザー企業が実際に支払った委託料の合計額が上限になる、とされています(故意または重大な過失の場合を除く)[G3]。
注記:損害賠償の上限や、著作権の帰属(原則として、ユーザー企業に移転する案、
ベンダーに帰属する別案、共有の別案がある)などは、案件ごとに決める項目です。
モデル契約はサンプルであり、そのまま使うことを求めているわけではありません [G3]。
また、下請法が適用される場合は、支払期日などに別の制約があるため注意が必要です [G3]。
発注の前に確認したいこと
- 契約は準委任か請負か。請負なら、対象を絞っているか
- プロダクトオーナーは誰か。判断の権限と時間を確保できるか
- スクラムマスターと開発チームの体制、メンバーに必要な経験を、契約書の別紙に書いているか
- 会議(スプリントプランニング、レビューなど)への出席義務を決めているか
- 変更や問題が起きたときの協議の手順と解除の条件が決まっているか
- 完成が保証されないことのリスクを理解しているか。受入(検査)期間の設定など、不具合対応の工夫を検討したか
- 発注側が、ベンダーの担当者に直接指示しない運用を決めているか
注記:この7点は、IPA・経済産業省のモデル契約の内容から、私が整理した確認項目です。
モデル契約がこの形のチェックリストを示しているわけではありません。
受入(検査)期間を長く設定する工夫は、モデル契約のノウハウ事例の1つです [G3]。
参照元
[G3] IPA・経済産業省, 情報システム・モデル取引・契約書<アジャイル開発版> アジャイル開発外部委託モデル契約 R1(2020年3月、2025年4月 R1) — https://www.ipa.go.jp/digital/model/ug65p90000001ldr-att/000081484.pdf
[G4] IPA, アジャイル開発版モデル契約のバリエーションに関する議論について(2022年3月14日) — https://www.ipa.go.jp/files/000096627.pdf

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